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さくらももこのエッセイを紹介!ガハッと笑って心をデトックスしませんか?

 
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 こんにちは!カンズメです。 

 

本は自分の生き方や考え方を始め、新しい知識を教えてくれたり、考えをつくるきっかけを与えてくれたりするものですよね

 

こんな綺麗事を言っておりますが、正直私は漫画の方を読んでいることが多いです・・・(笑)  

そんな、普段漫画ばかり読む私ですが、中学生の頃からずっと大好きな本があります。

 

それが、さくらももこの「たいのおかしら」というエッセイです。

 

この本に出会ってから、さくらももこの大ファンになり、将来はさくらプロダクションで働きたい・・・と中学生時代は夢見ていました(笑)

 

この本は、私に大きな影響を与えてくれて、生き方や考え方に変化が起こった1冊でした。  

 

そこで、今回は皆様に「たいのおかしら」について紹介していきます。

どの内容も笑いなしでは読めない内容で、何回も何回も読み直したくなるエッセイです。

私に与えてくれた影響と、おすすめポイントについて紹介していきたいと思います!

 

この記事を読み終わった後に、「たいのおかしら」を読んでみたいと!思っていただけたら嬉しいです。 

 

さくらももこはどんな人?

引用:ちびまる子ちゃん

 

皆様はさくらももこと聞くと、日曜夕方6時からやっている「ちびまるちゃん」を思い浮かべるのではないでしょうか?

「ちびまる子ちゃん」はさくらももこの代表作ですね。

 

しかし、さくらももこは「ちびまる子ちゃん」以外にもたくさんのエッセイ本やコミック、また作詞も行っているんです!  

本を紹介する前に、さくらももこについて紹介していきます。

作者も一緒に好きになっていただけたら嬉しいです♪   

 

さくらももこについて

さくらももこは1965年に静岡県清水市で生まれます。

1986年に「りぼん」で「ちびまる子ちゃん」の連載が開始されました。

そして、1990年にフジテレビで「ちびまる子ちゃん」がアニメ化されました。

その際に今現在もオープニングで流れている「おどるポンポコリン」の作詞をしており、レコード大賞も受賞しています!

 

「ちびまる子ちゃん」の漫画だけでなく「コジコジ」というメルヘンでシュールなギャグ漫画も発行しているだけでなく、エッセイ本も多数出版しています。

2018年に惜しくも、乳がんのため、53歳という若さでお亡くなりになられました。

 

エッセイ「たいのおかしら」について

引用:Amazon

 

「たいのおかしら」は1993年に刊行され、さくらももこの3冊目のエッセイ本になります。

内容は、さくらももこの子供時代から、大人になってからの日常生活の出来事が、面白おかしく書かれています。

その中で、「ちびまる子ちゃん」にも登場する、父ヒロシについての内容を少し紹介させていただきます。

 

父ヒロシは、昭和九年に清水市で生まれ、それから何十年もその土地で育ってきた。

ただ何となく笑ったような顔をしている。

かと言って大笑いする事もなく怒る事もない。

何だか分からぬ男である。

母も「わたしゃあの人がわかんないよ」とよく言っている。

だが、ボンヤリしているヒロシでも、彼の気持ちは私に伝わっていた。

私が中学二年の頃、クラスでお金持ちの豊かな生活ぶりが、我が家のうす暗い蛍光灯の下で延々と話題になったことがあった。

突然ヒロシは、ボソッと「おまえも、そういう父さんのところに生まれりゃよかったなぁ」とつぶやいた。

私は、別にヒロシを気の毒に思ったわけでも何でもないが、「どこのお父さんも同じだよ。うちのお父さんもあの子ンちのお父さんも、お父さんはお父さんだ」と言うと、

あれ以上うれしそうなヒロシの顔は、あとにも先にも見たことがない。

ヒロシは本当にうれしかったのだ。

私が何気なく言ったことを、ヒロシは心の奥底で受け止めたのだ。

相変わらずヒロシは大笑いもせず怒りもせず、気ままに生きている。

引用:たいのおかしら/集英社文庫(以下引用同じ)

 

「父ヒロシ」の内容は、アニメ同様に、呑気でお母さんを困らせているヒロシを面白く書かれているのですが、面白いだけで終わらせるのでなく、家族としての深い想いもあるヒロシも描かれており、心が温まるエピソードです。

 

そして、エッセイを読み終わった後の最後に、「その後の話」とあり、紹介した物語のその後も書かれているのでそちらも楽しめる一つのポイントです!  

 

ちなみに「父ヒロシ」のその後の話は、
「ヒロシは自分の話がエッセイに登場したことを知らずに生きている」
と書かれてありました(笑)

 

失敗を面白く話すと気が楽になる!

 

私はこのエッセイを初めて読んだのが中学1年生の時でした。

 

中学生になって、今まで知っていた子達がすごく大人っぽく見えて、自分も周りに合わせて背伸びをしていたことを覚えています。

 

そんな時にこのエッセイ「たいのおかしら」に出会い、さくらももこのありのままの生活が隠さず書かれていて、その面白さにみるみる吸い込まれるように読んでいきました。

 

その中で、「答案の始末」というお話を少し紹介します。

  小学校四年生の三学期のある日、私は理由なき困難に遭遇してしまった。

算数のテストが行われたのである。

そこまでは小学校によくある普通の光景で、私もその日常の風景にとけこんでいた。

ところがテストのプリントが配られ、問題を見たとたんその日常性は崩壊した。

全然分からないのである。

どこをどう見ても徹底的にわからないのである。

しかも、学校を休んでいたわけでもないのに、分からない理由もわからないのである。

どうにか二、三個答えを書いたものの、うろたえている間にみるみると時間は過ぎ、あれよあれよというまにテストは終了してしまった。

特に何の前ぶれもなくテストは返却された。

私は自分の答案をひと目見るなり卒倒しそうになった。

史上最悪である。

12点。

確かに12点と書いてある。

何度見ても12点だ。

私は答案をものすごいスピードでで小さく小さく折りたたみ、ランドセルのポケットの奥深くにしまい込んだ。

家に帰りそのまま便所に直行した。

私は力なく答案をふたつに破った。

そして更に答案を細かく破り、パラパラと便壺の中に雪のように舞い散らせた。

フト気がついてよく見ると便壺の途中に、答案の点数が書かれているあの部分がひっかかっているではないか。

チリ紙を丸めて命中させて落とそうと思ったが何回やっても命中しない。

便壺の途中に引っかかった12点の切れ端は、二〜三日そのままになっていたが家族の誰も気づかなかった。

便壺の中を注意深く見る者などいなかったからである。

 

読んだ瞬間、ガハハ!と笑ったと同時に、テストの点数や隠し方が自分と同じだ!!とすごく共感しました。

私も小学生時代から、算数はすごく苦手で12点ではなかったですが、ほぼほぼ30点代でした・・・(笑)

 

でも周りや親にこの点数を見られたくない!!と思って、小さく素早く折り畳んで、ランドセルポッケの奥深くにしまっていたので、ももことやっていることが全く一緒だったんです。

 

私は自分の点数が恥ずかしかったので、誰にもこんな話はしたことなかったのに対し、ももこは本で堂々と話し、しかも笑い話にしていて、

「こんな考え方があるんだ!」
「こんな風に笑い飛ばしていいんだ!」

と衝撃を受けて、すごく尊敬し憧れるようになりました。

 

そこから、私は自分が恥ずかしいことは面白おかしく周りに話せるようになりました。

そうすることで、自分の中で恥ずかしいモヤモヤもスッキリしていくんです。

 

何気なく読んださくらももこのエッセイから、自分の中の「恥ずかしいこと」との向き合い方を学ぶことができました。

この経験が、大人になってからも自分の中でとても大きな財産になっています。

 

さくらももこのように自分の好きなことをすればいい

 

さくらももこのエッセイは、良い意味でとてもゆるく、自分もマイペースになっていくように感じます。  

 

「たいのおかしら」の中の話も、自分の好きなこと、興味があることについての内容が多く、さくらももこは好きなことをして自分のペースを大事にしているんだな、というのが伝わってきます。

 

私自身もこの本を読んでからは、周りに合わせるのではなく、自分のペースで好きなことを大事にしようと思えました。

 

本の中にある「怠け者の日々」というお話を少し紹介します。

生まれた時から十七年間、親の手伝いなどした事がなかった。

小学校のうちはまだそれ仕方ないと許されていた。

しかし、中学校に入学したとたん母はうるさくなってきた。

寝ころんで漫画を読みふけっている私にむかって「あんたねぇ、女の子なんだから、ちょっとはお母さんの仕事手伝ってちょうだい」と言うのだ。

それを一日に三回から五回言う。

また「勉強をしなさい」とも盛んに言っていた。

しかし私は手伝いも勉強もせず、毎日のんべんだらりと過ごし続けていたのだ。

ノートには漫画の練習をした跡だけが残り、問題集には手アカすらついていなかった。

そんなある年の夏休み、母の怒りは遂に爆発した。

母は私を呼び出し、どうかその腐った怠け心を入れかえてくれと、真顔で懇願し始めた。

私は”いつものことだ”と思い、真面目にきいていなかった。

母は「クゥ」という絞り出す様なうなり声を小さく発し、鼻をすすりながら「こんな子供を産むんじゃなかった‥‥‥あたしゃつわりもひどくて死にそうだったのに‥‥‥命がけで産んだのに‥‥‥情けないったらありゃしない」と言いながら泣いていた。

”怠け”が原因で親を泣かせた人の話など、自分以外にきいた事がない。

それから数年経ち、十八歳から私は働き者になった。

家の手伝いこそしなかったが、学校とバイトと漫画を描くのに精を出し、働き続けて今日に至る。

あんなに怒っていた母も今ではすっかり優しい初老の婦人になり、「あんた少しは休んだ方がいいよ」と言いながら、御飯をつくりに通って来てくれている。

私が十七年間怠けていたのは、その後で働くために力を蓄えていたのだ。

 

中学生だった私は、自分の好きなものをとことん極めて行くのもアリなんだなと、すごく感心したのを覚えています。

 

そして、親にいくら「勉強しなさい」「手伝いなさい」と言われても、何もせず漫画を読みテレビを観て自分のペースを乱さず怠け者生活を送っていたももこは、ある意味、真の強い女性だなとも思いました。

 

毎日がむしゃらに必死になっている姿ももちろん素敵な一面です。

しかし、頑張りすぎるとパンクしてしまいます。

 

さくらももこのエッセイは「頑張りすぎてパンクしそう」と思った時や、悩んで解決策が自分で見つからない時に読んでいただけると、肩の力が抜けて、悩んでいたことがどうでも良くなるような笑いを提供してくれる本です。

 

ぜひさくらももこのエッセイを手に取って、自分の中にあるモヤモヤをデトックスしてみてください♪

 

さくらももこは息抜きを教えてくれる1冊

 

今回は、さくらももこの「たいのおかしら」をご紹介させていただきました。  

この本は、「自分のペースでゆるく生活していっていいんだよ」と教えてくれる1冊です。

 

周りのペースに合わせすぎて、キツキツな人やホッとひと息つきたいな、と思っている人に読んでいただきたいです。  

 

クスリどころじゃない面白さに、緊張の糸が解けてくれるきっかけになると思います♪

 

私もこの本を読んで、自分のペースを大事にするきっかけの一つになりました。  

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

※この記事は書人百花記事のゲート試験記事として、添削を受けた上で公開しています。
添削前の記事は「ガハ!っと笑えるさくらももこのエッセイをご紹介!笑えるだけでなく生き方の参考書にも!」をご覧ください。

 

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